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東京地方裁判所 昭和63年(ヨ)2269号 決定 1989年5月08日

債権者

高橋晋

井上丹

右債権者ら代理人弁護士

井上幸夫

橋本佳子

小林譲二

債務者

有限会社東京教育図書

右代表者代表取締役

上村浩郎

右債務者代理人弁護士

増岡由弘

青田容

主文

一  債務者は、債権者高橋晋に対し、平成元年三月から平成二年二月まで毎月二五日限り金二一万九〇〇〇円を仮に支払え。

二  債務者は、債権者井上丹に対し、平成元年三月から平成二年二月まで毎月二五日限り金二五万一五〇〇円を仮に支払え。

三  債権者らのその余の申請を却下する。

四  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者らが、債務者に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者高橋晋に対し、昭和六三年五月二五日から毎月二五日限り金二七万一六〇〇円を仮に支払え。

3  債務者は、債権者井上丹に対し、昭和六三年五月二五日から毎月二五日限り金二九万六三〇〇円を仮に支払え。

4  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は債権者らの負担とする。

第二当裁判所の判断

一  債務者が数学・英語教材の作成、販売及び数学・英語教室の経営を行っている有限会社であること、債権者らがいずれも後記解雇時まで債務者の従業員であったことは当事者間に争いがない。

二  また、債務者が、債権者らに対し、昭和六三年三月二五日に即日整理解雇する旨の意思表示(以下「本件整理解雇」という。)をなし、右意思表示が同日債権者らに到達したことも当事者間に争いがない。

三  そこで、本件整理解雇の効力について検討する。

1  当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、債務者は、昭和四六年四月五日に有限会社として設立され、数学及び英語を中心に児童、生徒が理解しやすいように自ら開発した独自の教材プリントを作成し、小学生、中学生を対象に塾の教室を開いて教えたいという人を募り、その教室に債務者の開発した教材を提供するとともに、教室の運営及び生徒の指導について助言、援助を行い、その対価として生徒が教室に収める入会金及び会費のうち一定の割合を受け取るという形態で会社を運営しており、昭和六〇年一二月には東京、大阪、札幌の各契約教室数合計八一四教室、生徒数合計一万三三七九名であったこと、ところが、昭和六〇年当時、債務者の大阪支局の従業員六名のうち支局長他四名が昭和六〇年一二月から昭和六一年三月までの間に順次退職し、債務者と同一の事業を行う会社を設立し、債務者の教室指導者に働きかけて債務者から離脱させるなどしたため(以下「大阪事件」という。)、大阪支局の昭和六〇年一二月における契約教室数が三〇三教室、生徒数が五二五六名であったものが、昭和六一年一二月には教室数一三七教室、生徒数一九四一名と減少し、さらに、東京においても減少傾向にあったため債務者の営業収入は昭和六一年三月期において金二億五七九七万一九八四円であったものが、昭和六二年三月期には金一億九五五九万四四四七円、昭和六三年三月期には金一億八〇二〇万四七四二円となり、同月期の営業損失は金五六〇万六六三九円を計上したこと、また、債務者における昭和六一年三月期の純資産は金二九二三万四六三四円であったものが昭和六三年三月期には金二二五八万五〇九八円と減少し、負債は逆に昭和六一年三月期に金五六八三万五五四五円であったものが昭和六三年三月期には金六四一九万八一〇三円と増加しており、財政状態が悪化していたことがいずれも一応認めることができ、右一応認定の各事実によると、債務者は、大阪事件により契約教室数及び生徒数が減少し、本件解雇当時債務者の経営状況は相当程度悪化していたものといえる。

しかしながら、債務者が倒産の危機であるという切迫性の程度、具体的な人員別の削減の効果等につき疎明がなく、さらに、本件疎明資料及び審尋の結果によると、昭和六二年五月二日に当時従業員一六名のうち債権者らを含む八名が東京出版合同労働組合に加入して数学教育研究会分会(以下「組合」という。)を結成し、同月一九日に債務者に対し、労働組合結成の通告をなし、同年六月五日以降行われた団体交渉において、債務者は、組合の昭和六二年夏季一時金要求を拒絶しながら、非組合員には夏季一時金を出すこととし、同年四月に入社し、当時非組合員であった上原茂及び神餘恵に対し、同年七月二五日に金三万円を支給したこと、また、債務者は、昭和六二年冬季一時金についてもこれを拒絶し、かつ希望退職の件を持ち出しておきながら、同年一一月二日の事務局会議の席上では、取締役上村純子が、組合員にはボーナスを出せないがここにいる人達には何らかの形で出したい旨述べ、同年一二月一〇日ころ大阪支局長である迫田貴之の銀行口座に代表取締役である上村浩郎名義で金二〇万円が振込まれていたこと、債務者は、当初希望退職の人員を二名としていたが、同年一二月二六日の団体交渉において、債務者の多額の債務につき保証している右上村純子が、経営参加の意思を無くし辞任を申し出て、その保証をはずすように要求しているので、債務者の経営は危機に陥り、希望退職人員は二名ではすまない旨申し述べたこと、さらに、債務者は、債権者らを解雇する以前からアルバイト募集を行い、右解雇の翌日から右上村浩郎の二男を就労させ、同年四月二日からはアルバイト従業員一人を採用したこと、そして、右アルバイト従業員が退職した後も、アルバイト従業員の募集を行っていたことがいずれも一応認められ(これに反する疎明資料はいずれも採用しない。)、債務者がわずかながらも昭和六二年の夏季及び冬季一時金を従業員の一部に支払っていること、また、債務者側の右団体交渉時における経営姿勢や、一方において債権者らを解雇しながら、他方でアルバイト従業員を募集していることなどからすると、本件整理解雇の必要性を認めるには至らず、他にこれを認めるに足る疎明はない。

2  また、当時者間に争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の結果によると、次の事実が一応認められ、これに反する疎明資料はいずれも採用しない。

(一) 債務者は、大阪事件以来営業収入が減少したため、昭和六二年五月から新しく教室の開設を希望する指導者を募り、直営教室の生徒の増加を図ることとし、ダイレクトメールの発送を行っていたが、昭和六二年五月二日に前記のとおり債権者らが労働組合を結成し、同月一九日に債務者に対し労働組合結成の通告をするや、取締役上村純子はその直後の同月二二日に当時の組合の分会委員長佐藤光良、債権者である分会副委員長井上丹、書記長小金洋子及び組合員目黒佐和子の四名に対し、従来の新聞広告等による教室指導者を募集する方法をかえて、右ダイレクトメールの送付先を直接戸別訪問して教室指導者となるように勧誘するよう命じた。しかも、右上村純子はその際電話をかけて在宅していることを確かめてから訪問するという効率的な方法を禁止し、玄関先で断られる苦労を味わうよう述べた。

(二) また、債務者は同年六月一日以降、組合員が会社の電話を組合活動に利用しているとして、外部からの電話を受けることを禁止した。

(三) さらに、債務者は同月三〇日には右佐藤及び目黒に対し数学の試験を実施し、その成績が悪いとして右戸別訪問を止めさせ、右両名に対し同年七月末日まで数学の学習を業務として行うよう命じ、右両名は終日数学の問題解きを強制させられた。そして、右目黒は同月一五日に解雇となり、右佐藤は胃潰瘍により同月二〇日に入院し、結局同年九月二四日に退職した。

(四) 債務者は、同年七月二一日には債権者井上丹及び小金洋子に対し、戸別訪問を止めさせ、七月末日まで自宅で過去の勤務態度を反省し自己変革を遂げて出社するよう命ずるという有給の就労禁止措置を講じ、その後「自己変革建白書」なる文書を提出するように通告した。

結局戸別訪問は約二か月で総て中止となり、債務者は、右両名に対し同年八月からはトイレの清掃や落書き消しを命じ、その後は教材の発送作業等を行わせた。

(五) 債権者高橋晋は、組合結成当時分会副委員長であったが、同年九月に組合の分会委員長佐藤光良が退職したため、同年一〇月に分会委員長となり、その前後から右高橋は従前行ってきた高校教材作成や教材編集の仕事から広告の全戸配付の仕事に変更させられた。

(六) また、債務者は同年一二月一五日に、債権者高橋晋に対しては直営教室の生徒増の方針の提出を、債権者井上丹及び小金洋子に対しては五か月前の戸別訪問の報告書の提出を、分会書記次長西野尚美に対しては退職した佐藤光良からの約九万円の立替金の回収をいずれも「業務命令」と題する書面によってそれぞれ命じ、右高橋及び西野は右業務命令に従わなかったため債務者は同年一二月二五日に就業規則上の制裁として右両名に対し同日午前中に始末書を提出することを命じ、さらにこれに従わなかったとして、右高橋に対しては同日に五日間の出勤停止、右西野に対しては同月二六日に三日間の出勤停止の各処分をなした。

そして、昭和六三年一月には、債務者は債権者ら組合員に対し、さらに右と同様に書面で健康診断受診の通告書や質問と題する業務命令等を連続して出すようになった。

(七) 他方、債務者は、昭和六二年一一月九日に二名の希望退職者を募る旨の施策を打ち出し、同年一二月二六日以降数回にわたって、希望退職を募る件についての団体交渉が開かれたが、その席上債務者は、経営難から昭和六三年の二月末日までに希望退職を募ることと、その際の退職金等の条件を示したが、それ以上の具体的説明をほとんどせず、また、前記のとおり、債務者の債務についての保証人である右上村純子が辞任を申し出ており、会社の経営はますます危機に陥るので、希望退職者を募る人数は二名程度ではすまないなどと述べた。しかし、組合は、財政状況についての資料の提示や会社再建策を用意すること等を要求し、さらに労使関係の改善の問題を持ち出し、時には右問題が先決であるなどと主張したこともあって、右資料提示等についての話合いがつかなかった。そして、希望退職者の申し出のないまま、債務者は昭和六三年三月二五日に債権者らに対し、本件整理解雇の通告を行った。

(八) なお、債務者は、平成元年一月二二日の大阪における月例研究会において、代表取締役上村浩郎は同年四月から生徒の会費の値上げと、右会費のうちの債務者への納入額の増加変更を行う旨の計画を発表した。

前記三1において判断したとおり、確かに本件整理解雇当時債務者の財政状況は悪化していたが、右一応認定の各事実によると、債務者は、契約教室数や生徒数の増加を図るための積極的な努力をしたものとは認められず、また、債務者は一時帰休や賃金切下げ等の解雇回避措置といいうる行為を行ったという疎明はなく、さらに、債務者は、契約教室からの納入額の増加変更や生徒の会費の値上げをすることは、簡易な方法であるが、他塾との競争もあり、安易に行うことはできないと主張しながら、本件整理解雇後の平成元年一月になって、右値上げ等を打ち出していることなどからすると、債務者が本件整理解雇を回避するために信義則上相当と認められる努力をしたものとはいえない。

また、右一応認定の各事実によると、債務者の組合に対する希望退職募集及び整理解雇についての事前の協議、説明が十分になされたとは認められず、その原因の一端は組合にないわけではないが、債務者は、希望退職募集の条件を示すだけでそれ以上の具体的説明をほとんどせず、頑な態度に終始し、またその後の債務者の対応からみても、相当な努力を払ったものとはいい難い。

3  さらに、本件疎明資料によると、債権者らについて人事考課がなされており、その評価はかなり低いものであること、右人事考課の成績等に従って本件整理解雇がなされたことが一応認められる。しかしながら、審尋の結果及び(疎明略)の形式、作成経過等からすると、債務者の人事考課が従前から定期的に行われていたものではなく、しかも、右人事考課は従業員の一部についてしかなされていなかったことが一応認められ、右一応認定の事実と前記三2の一応認定された各事実とを総合すると、債務者は、組合結成後組合員に対する過剰な業務命令とその命令違反等を前提とする、計画的とも思える人事考課に基づき、組合の分会委員長及び分会副委員長である債権者らを本件整理解雇の対象者として選定したものと推認することができ、本件整理解雇は公平な整理解雇の対象者の選定を行ったものとは到底いい難い。

4  以上のとおり、本件整理解雇は、整理解雇の必要性を認めるに至らず、解雇回避措置や事前の協議、説明に信義則上要求される努力を払ったものとはいい難く、また、対象者選定の合理性も欠くものであって、全体として解雇権の濫用として無効といわざるを得ない。

四  保全の必要性について

本件疎明資料及び審尋の結果によれば、債権者らは妻と子を持ち、債務者から支給される賃金のほかに収入の途はなく、債務者から賃金を得られないことによりその生計の維持に困難を来たしていること、債権者らの給与の支給総額は基本給、残業手当、家族手当、交通費、食事手当、住宅手当及び特別手当で構成され、昭和六三年三月における債権者高橋晋の給与の支給総額は金二六万一七九四円、同井上丹の給与の支給総額は金二九万一三八八円であったことがいずれも一応認められ、右一応認定された各事実からすると、債権者らにはその仮払を命じる必要性を認めることができ、その範囲は、右支給総額から残業手当、交通費及び特別手当を控除した額である債権者高橋晋については金二一万九〇〇〇円、同井上丹については金二五万一五〇〇円をもって相当と認められる。また、債権者らは、昭和六三年五月二五日以降の仮払を求めているが、本件審尋終了時である平成元年二月までの分については過去分の支払を受けなければならない特段の必要性は認められず、また債務者の現在の悪化した経営状況と将来の事情の変更の可能性を考慮すると、審尋の終了した月の翌月である平成元年三月から平成二年二月までの範囲で毎月二五日限り右各金額の仮払を命ずる必要性があるものと認められる。なお、債務者は、債務者が倒産の危機にあり、本件仮処分申請が認容されるならば会社の存続は不可能である旨主張するが、右仮処分によって債務者に回復し難い損害が生ずることの疎明はなく、右認定及び判断を左右しない。

次に、債権者らは、労働契約上の地位を仮に定める旨の仮処分をも求めているが、債権者らに賃金仮払に加えて地位保全を必要とする特段の事情があることの疎明はなく、右仮処分の必要性は認められない。

五  よって、本件仮処分申請は、主文第一、二項の限度で理由があるから保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余の申請については保全の必要性につき疎明がなく、保証をもってこれに代えることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 酒井正史)

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